水口ゆきえ顕彰碑

住所 中津野329(中津野公民館)

この場所をGoogleで検索

ご紹介

宝暦2年(1752)に完成した中津野水路。この水路を作るために奔走し、命を落とした水口ゆきえを称え、顕彰碑が建てられています。

水口ゆきえってどんな人?

水を引くことが困難な高台にある中津野は、水田に適さない土地といわれていました。当時15歳であった水口門のゆきえは深水の女生嶽に登り、山田・中川原・中津野一帯を股のぞきで見渡し、山田川から用水路を開けば中津野まで水を引けることを知り、集落の大人たちを説得し工事を開始しました。しかし、農繁期となると次々に協力者が減り、最後には一人で難工事を続けなければならなくなりました。一人で黙々と働くゆきえの姿を見た人が再び協力をはじめ、1752年(宝暦2年)、ついに約4kmにも及ぶ用水路が完成しました。一人の少女の想いが、不毛の地とされた中津野を、稲が実る土地に変えたといわれています。